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往往にしてこれらの国々の代表者たちは、経済の発展を確保するため、環境に及ぼす影響などにかまけている余裕はないという発言をすることがあるが、このような主張は絶対に容認できないものである。
技術的に進んだ国々が、海洋環境や環境全般を保護しなければならないことに、最近やっと気づき始めたばかりであるからといって、これまで地球の汚染に対してほとんど責任のなかった国々が、汚染防止のための政策をなおざりにしてよいという理屈は、正当化できるものではない。 われわれの住むこの惑星の健全さと将来性を確保するためには、海洋環境を十分満足すべき状態に維持することが必要であるが、汚染防止はその目的のために取るべき、あらゆる政策の主要なテーマであると考えられる。
どんな場合でも、防止を効果的に行うには汚染源で食い止めること、もしそれがだめならできるだけその近くで食い止めること、が大切である。 たとえば、生活排水の処理を改良すること、炭化水素の種々の損失を注意深く管理すること(燃焼のかすの問題は残念ながら手つかずで残されている)、亜金属および危険な類金属の廃棄を減らすこと、放射性廃棄物の排出を制限すること、などである。
たとえば洗剤に関しては、それを防止する方向へ向かって、研究の努力が払われている。 実際のところ、洗剤と殺虫剤のいずれの場合においても、絶えず増加しつつある化学工業の生産品の大群のなかから、実際に利用される物質に対して要求される諸性質と似通った質の物質を見出すこと、しかしまた、下記の2つの性質のうち少なくとも一つを持つような物質を見出すことが大切である。
その性質の一つは、目的とする生物以外の生物に対してはほとんど赤性を有しないもの(殺虫剤の場合)、もう一つは、物理的または化学的な作用により、あるいは光の作用によって、容易に無害な物質に分解されるものである(おそらく若干の殺虫剤やプラスチック材料の場合がそれに該当する)。 われわれが、たとえわずかずつではあっても、必要な努力をたゆまず続けていくならば、世界中の海洋を、そしてわれわれの住むこの惑星を救うための時間は、まだ残されているのである。
海洋汚染に関する法律は「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」(昭和45)に集約されており、その内容は以下の2点に要約できる。 第一に船舶・海洋施設および航空機から海洋に油・有害液体物質および廃棄物を排出したり、また船舶・海洋施設でそれらの物質を焼却したりすることを規制している。
第2に海洋汚染と交通災害を防止する目的から、排出されたそれらの物質を防除し、海上火災の発生・拡大と、それに伴う船舶交通の危険を防止するための措置を誰ずること、とくに海上災害防止センターの設置を定めている。 さらに付帯的な目的として、海洋汚染の防止に関する国際約束の適確な実施を確保し、海洋環境の保全と国民の生命・身体・財産の保護に資することを述べている。
この最後の件に関連しては、海洋汚染に関する国際条約として「船舶による汚染の防止のための国際条約」(1973年作成、1983年発効。 「1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する一978年の議定番」の定めるところにより実施)、「油による汚染に伴う事故の場合における公海上の措侭に関する国際条約」(1969年作成、1975年発効)、「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(1972年作成、1980年発効)などがある。
海洋というのではなく水質一般に関しては「水質汚濁防止法」(昭和45(1970)年12月12日)があり、工場などからの排水の規制と、生活排水対策の実施の推進について定めている。 局地的な海洋汚染に関する法律としては「瀬戸内海環境保全特別措縦法」(昭和48年)さらに環境一般に関する法律として、岐近制定された「環境基本法」(平成5(1993)年2月19日)がある。
この法律は「環境への負荷の少ない持続的な発展が可能な社会の構築」を目指し、「国際的協調による地球環境保全の積極的推進」を図るなど、積極的な姿勢を示した点で、従来の環境関連の法律より一歩進んだものと言えよう。 当時は「環境」という言葉はあまり使われず、もっぱら「公害」という言葉がもてはやされた時代であった。
世間一般の認識も、環境全般の保全という観点でなく、個々の企業などによる公害の問題に関心が寄せられていたのである。 たとえば、ここでも言及されている熊本の水俣病と新潟の第2水俣病が、それぞれチッソとSの工場から排出されたメチル水銀に起因することを、政府が認めたのは1968年のことであり、また富山県神通川流域に発生したイタイイタイ病の原因が、M金属神岡鉱業所の排水中に存在するカドミウムであることを、厚生省が指摘したのも同じ年のことであった。
そうした時代背景を踏まえて、当時の研究者・技術者にとって公害問題は避けて通れぬものであった。 Jは1959年以来、F科学研究所に勤務し、72年から研究助教授の職にある。
64年に地中海の多毛類の組織と生態の研究で理学博士号を取得し、79年現在の専門は海洋生物群集の汚染の問題と毒物学の実験的研究である。 Jは1940年以来、M理科大学助手、M海洋博物館副館長、国立自然史博物館副館長、D海洋研究所副所長、M理科大学助教授を歴任し、51年から教授職にあった。
C号によるフランス隊の海洋探検に参加し、深海へ潜ったこともある。 日本のみなさまの眼から見た場合、ここの内容がフランスの事例に偏りすぎているように思われるかもしれないが、見方を変えれば、それだけ彼らの実際の研究に裏付けされた手ごたえの確かさを感じさせるとも言える。
それに、「汚染には国境はない」のである。 フランスで経験されたことは、そのまま日本や世界の他の地域でも起こりうるし、また実際に起こっている。
最近は汚染や公害という言葉をあまり聞かなくなったが、それは汚染が少なくなったからではなく、単に日常化して関心が薄らいだためではあるまいか。 確かに水俣病のような、企業による衝撃的な公害事件は、日本では影を潜めたように思われるが、世界の他の国々、とくに開発途上国ではどうであろうか。
日本の企業が規制の緩い開発途上国に進出して、公害を垂れ流しているという話も聞く。 それに、問題が潜在化しただけ、いっそう根が深くなったかもしれないのである。
その深みの底から、ときおり何かの事件が浮かび上がっては、われわれに問題の深刻さの一端を、かいま見させることもある。 海洋汚染に限っても、湾岸戦争の折りの流出原油にまみれた海鳥の映像や、旧ソ連・ロシアが日本海に核廃棄物を投棄していたニュースは、まだ記憶に新しい。
ごく最近では、中国やフランスによる核実験実施・再開の発表もある。 これらの事例は、昔と違って、すべて汚染を承知のうえでのことだから、なおさら悪質と言うべきである。
ここが提起している問題のうち、ごく一部はこの20年間に解決したかもしれないが、大部分はまだ手つかずのまま残されているように思われる。
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たとえば洗剤に関しては、それを防止する方向へ向かって、研究の努力が払われている。 実際のところ、洗剤と殺虫剤のいずれの場合においても、絶えず増加しつつある化学工業の生産品の大群のなかから、実際に利用される物質に対して要求される諸性質と似通った質の物質を見出すこと、しかしまた、下記の2つの性質のうち少なくとも一つを持つような物質を見出すことが大切である。
その性質の一つは、目的とする生物以外の生物に対してはほとんど赤性を有しないもの(殺虫剤の場合)、もう一つは、物理的または化学的な作用により、あるいは光の作用によって、容易に無害な物質に分解されるものである(おそらく若干の殺虫剤やプラスチック材料の場合がそれに該当する)。 われわれが、たとえわずかずつではあっても、必要な努力をたゆまず続けていくならば、世界中の海洋を、そしてわれわれの住むこの惑星を救うための時間は、まだ残されているのである。
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第2に海洋汚染と交通災害を防止する目的から、排出されたそれらの物質を防除し、海上火災の発生・拡大と、それに伴う船舶交通の危険を防止するための措置を誰ずること、とくに海上災害防止センターの設置を定めている。 さらに付帯的な目的として、海洋汚染の防止に関する国際約束の適確な実施を確保し、海洋環境の保全と国民の生命・身体・財産の保護に資することを述べている。
この最後の件に関連しては、海洋汚染に関する国際条約として「船舶による汚染の防止のための国際条約」(1973年作成、1983年発効。 「1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する一978年の議定番」の定めるところにより実施)、「油による汚染に伴う事故の場合における公海上の措侭に関する国際条約」(1969年作成、1975年発効)、「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(1972年作成、1980年発効)などがある。
海洋というのではなく水質一般に関しては「水質汚濁防止法」(昭和45(1970)年12月12日)があり、工場などからの排水の規制と、生活排水対策の実施の推進について定めている。 局地的な海洋汚染に関する法律としては「瀬戸内海環境保全特別措縦法」(昭和48年)さらに環境一般に関する法律として、岐近制定された「環境基本法」(平成5(1993)年2月19日)がある。
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最近は汚染や公害という言葉をあまり聞かなくなったが、それは汚染が少なくなったからではなく、単に日常化して関心が薄らいだためではあるまいか。 確かに水俣病のような、企業による衝撃的な公害事件は、日本では影を潜めたように思われるが、世界の他の国々、とくに開発途上国ではどうであろうか。
日本の企業が規制の緩い開発途上国に進出して、公害を垂れ流しているという話も聞く。 それに、問題が潜在化しただけ、いっそう根が深くなったかもしれないのである。
その深みの底から、ときおり何かの事件が浮かび上がっては、われわれに問題の深刻さの一端を、かいま見させることもある。 海洋汚染に限っても、湾岸戦争の折りの流出原油にまみれた海鳥の映像や、旧ソ連・ロシアが日本海に核廃棄物を投棄していたニュースは、まだ記憶に新しい。
ごく最近では、中国やフランスによる核実験実施・再開の発表もある。 これらの事例は、昔と違って、すべて汚染を承知のうえでのことだから、なおさら悪質と言うべきである。
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